今日読み終えた本だ。
一見刺激的なタイトルだが、中身は至って普通の本だった。
買ったのは昨年の12月で、積ん読が激しい私がようやく読めるところまで辿り着いた(とはいえ、まだ9月頃購入モノもが残っているが・・・・・・)。そこまで6ヶ月だ。
さてさて、肝心の本だが、翻訳物で、巨乳の著者が巨乳について書くという、分かりやすい本だ。
しかしながらテーマは巨乳だけではない。老若男女が巨乳に対して・・・・・・、というか、巨乳に振り回される状態を良くも悪くも描ききっているからそう感じるのだが、この本の扱うテーマはおっぱいで、しかも多岐に渡っている。
まずは、乳房に関する様々な呼び名や、男が乳房に何を感じるかもしくは求めるかなどから初めて、ブラジャーの話、おっぱい雑誌編集者へのインタビュー、豊胸したポルノ女優の話、豊胸自体の話(ここが一番長かったのは現在のアメリカを反映しての事か・・・・・・)、減胸の話、トップフリーの運動の紹介、さらには著者がヌードになった事と、最後蛇足的に、女装についての話(これは女性としてのシンボルが乳房にあるという事にこの本の結論を持って行くための章)を付けてこの本は終わる。
そういう内容なので、乳房に関するちょっとした見聞録となっている。
まぁ、翻訳がいかにもアメリカの女性の書いた本を翻訳しましたよ調なので好き嫌いの分かれるところだろうが(他には著者の超絶主観的文章と、この本を登場する人物が読んだらがっかりするだろうと思われる節がある書き方をしているところとか・・・・・・)、読んでいたら、色々伝わってくるモノがある。
著者自身は、自分の乳房に対してはちゃんと受け入れてあるがままの乳房と生活しているようだが、世の中はそのような女性ばかりではなく、かなりの女性が胸を大きくしたいという欲望に駆られているとこの本には書かれ、男もまた大きな乳房を求めるという事だ。
で、そこに様々なビジネスが生まれ、それにまつわるエピソードが紹介される。
著者は豊胸の是非は論じてないが、豊胸を行う女性の様々な心理をきちんと紹介できている。そこがこの本の胃良いところだ。本強の話だけではない。著者と同じく大きな胸に悩む女性が減胸手術を受ける話とかも、やはりその切実さが響く。
この辺りの掘り下げてエピソードを描く力が著者にはあるのだと思うね。
だから、この本は、著者の巨売れる苗後に押しつぶされず、最後まで読み切る出来たのだろう。
さて、この本では男は胸の大きな女性を求めると断言しているが、私も男なので一言書かせて貰うが、個人的には巨乳は苦手だ。実は・・・・・・。
というか、私の親しい女性に大きな人はいない・・・・・・(実はいるが・・・・・・・)という事があり・・・・・・(とはいえ、そんなマジマジとジロジロ見た事はないので、本当の大きさを知ってるのは皆無だが(笑)・・・・・・)、自分は胸で判断しないんだなぁと思う日々が続いている。
そんな人間の読んだ、アメリカの巨乳ビジネス調査本(といっても、きちんと、人間がなぜ女性の乳房を必要とするのかということを形而上学的的ではあるが一定の解答を出している本である。女性の乳房は女である事を証明するための端的な要素だっていうね・・・・・・)という事だね。
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